義人・故李秀賢没後5年の追悼会、東京で開催
「故人は真の勇気を教えてくれた」「故人の崇高な精神を受け継ぎ、日韓両国が互いを理解し、親しく付き合えるよう努力します」26日午後、東京都心の赤坂プリンスホテルの宴会場に、麻生太郎外相のメッセージが届いた。東京の地下鉄で線路に転落した酔客を救おうとして亡くなった義人、李秀賢(イ・スヒョン)の没後5年の...
報道機関 釜山日報 ㆍ 報道日 2006-01-27
義人・李秀賢に関する報道記事や映像資料をご覧いただけます。
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義人・故李秀賢没後5年の追悼会、東京で開催
「故人は真の勇気を教えてくれた」「故人の崇高な精神を受け継ぎ、日韓両国が互いを理解し、親しく付き合えるよう努力します」26日午後、東京都心の赤坂プリンスホテルの宴会場に、麻生太郎外相のメッセージが届いた。東京の地下鉄で線路に転落した酔客を救おうとして亡くなった義人、李秀賢(イ・スヒョン)の没後5年の...
報道機関 釜山日報 ㆍ 報道日 2006-01-27
日本の外相、「義人・李秀賢」の追悼碑を参拝
日本の外相、空港到着後すぐに追悼碑を訪れ献花・黙とう「釜山と聞いて真っ先に思い浮かぶ人」14日、釜山市釜山鎮区草邑洞の学生教育文化会館前にある李秀賢追悼碑を訪れ、献花する麻生太郎外相。APEC首脳会議に出席するため釜山を訪問した麻生太郎外相が、2001年に東京の地下鉄、新大久保駅で線路に転落した日本...
報道機関 国際新聞 ㆍ 報道日 2005-11-14
「義人」にささげる「ソナタ」
ヴァイオリニストのジョン・チャヌ、10日に東萊文化会館で李秀賢を追悼在日韓国人ヴァイオリニストのジョン・チャヌ(丁讃宇、55)が釜山を訪れる。2001年、東京の新大久保駅で線路に転落した日本人を救おうとして亡くなった義人、李秀賢(イ・スヒョン)をたたえるためだ。没後1年の2002年から日本で毎年欠か...
報道機関 釜山日報 ㆍ 報道日 2005-03-08
「4年前のあなたの犠牲が日韓の架け橋に」―故・李秀賢、韓国で初の追悼式
「愛する息子、秀賢よ。別れのあいさつもできず、お前を見送ってから、いつしか4年…」パンソリの名唱、アン・スクソンが歌う創作パンソリ『秀賢よ! 私たちの息子、秀賢よ!』が、会場を厳粛な空気に包んだ。2001年1月、東京の駅で線路に転落した日本人乗客を救おうとして命を落とした故・李秀賢(イ・スヒョン)(...
報道機関 国際新聞 ㆍ 報道日 2005-02-04
「美しい青年、李秀賢」の生涯を映画化
東京で語学を学んでいた際、駅の線路に転落した日本人の酔客を救い出した後、電車にはねられて亡くなった美しい青年、故・李秀賢(イ・スヒョン)(当時26歳)の生涯が、日韓合作で映画化される。27日付の東京新聞によると、日本の映画会社「アマナスキネマ東京」は、26日に東京・新宿で開かれた没後4年の追悼式で、...
報道機関 東亜日報 ㆍ 報道日 2005-01-27
故・李秀賢没後4年、日韓で追悼行事
2001年、日本留学中に駅の線路に転落した酔客を救おうとして電車にはねられ、亡くなった故・李秀賢(イ・スヒョン)の没後4年の追悼行事が、日本と韓国で相次いで開かれる。日本の「故・李秀賢君を偲ぶ会」は、26日午後6時、東京・新宿の厚生年金会館5階で、没後4年の追悼行事を行う。李さんの両親、李盛大(イ・...
報道機関 ハンギョレ ㆍ 報道日 2005-01-24
「彼を忘れることはできません…」釜山で初の追悼式
「彼を忘れることはできません…」釜山で初の追悼式来月4日、故・李秀賢没後4年に合わせ公演も日韓共同で後援…財団設立を本格推進2001年1月26日、東京の地下鉄、新大久保駅で線路に転落した日本人を救って亡くなった故・李秀賢(イ・スヒョン)(当時27歳、高麗大学)の没後4年の追悼式と追悼公演が、韓国では...
報道機関 国際新聞 ㆍ 報道日 2005-01-23
義人・李秀賢の生涯、日本で映画化へ
東京の地下鉄駅で、自らの命をささげて酔客を救い、日本中に感動を与えた義人、故・李秀賢(イ・スヒョン)の生涯が、日本人監督によって映画化される。日本の映画会社、アマナスキネマ東京のプロデューサー、高橋松男は7日午前、李秀賢の父、李盛大(イ・ソンデ)(65)らとともに釜山市を訪問した。ホ・ナムシク市長と面会し、映画の制作計画を説明して支援などについて話し合った。『息子よ、命の架け橋』という題名で制作さ...
報道機関 国際新聞 ㆍ 報道日 2004-10-07
「息子よ、そばにいるソンイルさんを慰めておくれ」
キム・ソンイルと李秀賢の墓が隣り合う「二人とも寂しくないだろう」「二人とも、お互いの慰めになるだろう」先月30日午後3時ごろ、イラクで殺害されたキム・ソンイルが埋葬された釜山・永楽公園(第7墓園39ブロック)は、少し寂しげだった。少し前まで遺族や弔問客約200人でにぎわっていたが、皆が帰った後の墓は...
報道機関 スポーツソウル ㆍ 報道日 2004-07-02
故・李秀賢の胸像、母校の楽民初等学校に建立
「義人の精神をたたえ、日韓の友情を深めよう」日本の篤志家、小島鐐次郎が制作費を負担2001年、東京の地下鉄で線路に転落した日本人を救おうとして亡くなった義人、李秀賢(イ・スヒョン)をたたえる胸像が、母校の楽民初等学校に建立された。東萊区楽民洞の楽民初等学校は、本館前の花壇に李秀賢の胸像と追悼碑をそれ...
報道機関 釜山日報 ㆍ 報道日 2004-06-24