記憶の空間

生涯と挑戦

より広い世界へ、歩み出す。

苦難や逆境も、私の人生の一部ですから。
いつでも受け入れる覚悟と、乗り越えていく勇気があります。

温かな愛情に包まれて育った、釜山での学生時代

1974 ~ 1993
  • 1974.07.13 蔚山・中区牛亭洞に生まれる
  • 1976 釜山・東萊区寿安洞へ転居
  • 1987 楽民初等学校卒業・東萊中学校入学
  • 1988 ギターを弾き始め、音楽に夢中になる
  • 1990 東萊中学校卒業・城高等学校入学
  • 1993 城高等学校卒業・高麗大学校経商大学貿易学科入学

父・故 李盛大氏と母・辛潤賛氏の温かな愛情に包まれて育った李秀賢は、幼い頃から好奇心旺盛で、周囲を明るくする子どもでした。中学生の頃にギターを弾き始めて音楽の魅力に夢中になり、学生時代を通じて、誠実さと責任感、そして人を何よりも大切にする温かな心を育んでいきました。

若さとは、後悔しないこと

1993 ~ 1999
  • 1993.03 高麗大学校貿易学科入学・忠清南道鳥致院で一人暮らしを始める
  • 1994.01 韓国陸軍に入隊
  • 1996.03 韓国陸軍を除隊後、友人たちと済州島を旅行
  • 1997 自転車で韓国一周
  • 1998 バンド「無断外泊(ムダンウェバク)」のギタリストとして活動し、数多くの公演に出演
  • 1998.07 西海岸と南海岸を巡る13泊14日の自転車旅行
  • 1999.07 大学卒業を一学期後に控えて休学
  • 1999.08 赤門会日本語学校へ入学願書を提出
  • 1999.11 入学準備のため東京へ渡航

大学入学を機に初めて家族のもとを離れた李秀賢は、慣れない土地で孤独やホームシックを経験しながらも、自らの道を切り拓いていきました。バンド「無断外泊(ムダンウェバク)」のギタリストとしてステージに立ち、友人たちと自転車で韓国各地を旅しながら、人と世界に直接触れました。音楽と旅、そして挑戦を続けたその青春は、「若さとは、後悔しないこと」という言葉と深く重なります。

二つの国の架け橋を夢見て、日本留学へ

2000 ~ 2001
  • 2000.01 東京の赤門会日本語学校に入学
  • 2000.04 中級課程へ進級・新大久保駅前のインターネットカフェでアルバイトを始める
  • 2000.08.24 マウンテンバイクとともに富士山頂に到達
  • 2000.11 自転車走行中に交通事故に遭う
  • 2000.12 一時帰国し、両親と進路について話し合う
  • 2001.01.09 東京へ戻る

より広い世界に触れ、韓国と日本を結ぶ架け橋になりたいという夢を抱いた李秀賢は、日本留学の道を選び、赤門会日本語学校に入学しました。日本語の勉強とアルバイトを両立しながら東京での暮らしに慣れ、忙しい日々の中でも自転車に乗って新たな場所を訪ねました。同年8月には、マウンテンバイクを押したり担いだりしながら富士山頂に登るほど、挑戦することを楽しみました。慣れない異国でも、持ち前の前向きな姿勢と温かな人柄で多くの人々と心を通わせながら、自らの夢に向かって新たな道を切り拓いていきました。

新大久保駅のあの日、人を何よりも大切にした

2001.01.26
  • 2001.01.26 東京・JR新大久保駅で死去・享年26歳

2001年1月26日午後7時15分頃、アルバイトを終えて帰宅途中だった李秀賢は、JR新大久保駅の線路に転落した日本人男性を発見し、日本人カメラマンの故・関根史郎氏とともに、ためらうことなく線路へ飛び降りました。三人はいずれも命を落としましたが、国籍を超えて一人の命を救おうとした二人の勇気と人間愛は、韓国と日本の人々の心に深い感銘を残しました。

一人の勇気が、二つの国の心を結ぶ

2001~現在
  • 2001.01.30 義死者証書交付、遺骨が故国・韓国(釜山)へ帰還
  • 2001.02.24 高麗大学校第1号となる名誉卒業証書を授与
  • 2001.04.09 釜山広域市永楽公園第7墓地に埋葬
  • 2001.05.26 釜山学生教育文化会館広場に追悼碑を建立
  • 2001.07.01 赤門会日本語学校内に追悼碑と記念公園を整備
  • 2001.10.06 釜山・城高等学校入口に「李秀賢義行記念碑」を建立
  • 2002 LSHアジア奨学会発足
  • 2002 高麗大学校と城高等学校に李秀賢奨学金を創設
  • 2002 韓国の中学2年生用道徳教科書に李秀賢の義行を掲載
  • 2002 国際交流基金「李秀賢氏記念韓国青少年訪日研修」事業開始
  • 2002 勲章・表彰状や遺品など82点を高麗大学校博物館に寄贈
  • 2003 「義人李秀賢精神顕彰会」発足
  • 2004 釜山・楽民初等学校内に李秀賢追悼胸像を建立
  • 2007 日韓合作映画『あなたを忘れない』公開
  • 2010 社団法人釜山韓日文化交流協会「美しき青年 李秀賢モイム」発足
  • 2017 ドキュメンタリー映画『かけはし』日本公開
  • 2017 城高等学校前の道路を名誉道路「義人李秀賢通り」に指定
  • 2020釜山・東萊中学校に追悼碑を建立
  • 2021評伝『李秀賢、1月の陽光』刊行
  • 2025.09.30石破茂内閣総理大臣夫妻が李秀賢の墓所を参拝

李秀賢が示した人間愛と勇気は、一時の悲しみにとどまりませんでした。事故後、韓国と日本では、追悼碑の建立や追悼行事をはじめ、奨学事業、青少年交流、出版、映画製作など、その生涯と精神を記憶し、受け継ぐためのさまざまな取り組みが続けられてきました。

一人の命を救おうとしたその思いは、多くの人々の連帯と実践へとつながり、二つの国の心を結ぶ架け橋となりました。国境を越えて届いた「1月の陽光」は、今日も日韓友好と、他者への思いやりと勇気の価値を照らしながら、私たちのそばを温かく照らし続けています。

私たちは、あの日の英雄としてだけでなく、
自らの人生を心から生き抜いた一人の 青年、李秀賢を記憶します。
CMANIA