あの日の記憶
国籍ではなく、一人の人間を見た瞬間
あの日、李秀賢さんは一人の命を救おうと線路へ飛び降りました。-
01 新大久保駅
ためらうことのなかった
1月の夜アルバイトを終え、寮へ帰る途中だった李秀賢さんは、ホームから線路に転落した日本人男性を目撃しました。列車が駅に進入する極めて切迫した危険な状況の中、 李秀賢さんは日本人カメラマンの関根史郎さんとともに、男性を救助しようと、ためらうことなく線路へ飛び降りました。しかし、残念ながら進入してきた列車にはねられ、3人全員が命を落としました。 -
02 頭ではなく、
心に導かれた勇気その選択は、長く考え、計算した末に下されたものではありませんでした。
目の前で危険にさらされている人を見過ごすことができないという思いから生まれた、瞬間的な行動でした。自らの安全よりも他者の命を優先したその姿は、個人主義が広がっていた当時の社会に深い感銘を与え、「真の勇気」とは何かを改めて考えさせました。 -
03人間愛
一人の人間として
見つめるその尊い犠牲について、当時の韓日両国のメディアは「韓国人青年が日本人を救おうとした」と大きく報じました。 しかし、李秀賢さんの行動は、韓国人と日本人という国籍だけで説明できるものではありません。李秀賢さんは、目の前の人を国籍の異なる誰かではなく、助けを必要とする一人の人間として見つめました。それは国籍と言語を越え「同じ人間」として見つめた尊い人間愛の表れでした。 -
04 永遠の問いを残した
あの日の陽光事故から長い年月が流れた今も、新大久保駅構内に設置された追悼プレートは、李秀賢さんと関根史郎さんの崇高な精神と勇敢な行動をたたえています。 あの日、李秀賢さんが下した一瞬の決断は、痛ましい悲劇だけにとどまることなく、今を生きる私たち一人ひとりに、「人のために何ができるのか」という問いを投げかけています。その問いは私たちの心に残り、今も韓日両国の市民の心を温かく結んでいます。





